図説ユダヤ教の歴史 (ふくろうの本)

仏教、キリスト教、イスラム教のいわゆる3大宗教の本は珍しくないが、これはユダヤ教の歴史についてまとめられた本である。4人の著者による共著。オールカラーでないのが残念ではあるものの、多くの資料が載っている。ローマ帝国との戦いに敗れて西暦70年にエルサレム第2神殿が崩壊し、ユダヤ人は流浪の民となる。西暦200年頃にはユダヤ教の法典であるミシュナが編纂されてラビ・ユダヤ教の体制が整ったと考えられる。ユダヤ人は離散したまま2000年近い間、様々な変化を受け入れ多様化しながらも独自の社会を維持してきた。そのようにできた理由が本書ではいくつか挙げられている。まず、キリスト教とユダヤ教という2つの一神教が中世と近世を支配することで宗教が人間の帰属を果たす時代が続いたこと。身分制度によって社会の流動性が抑えられたこと、一元的な中央集権国家は存在せず、多様な権威が認められたモザイク国家であったこと、ユダヤ教徒が貿易と金融に独自の役割を担っていたこと、何より離散時代になってからはラビの称号を持つ人たちによって指導されるユダヤ教（ラビ・ユダヤ教）が不可欠の役割を果たしたことが理由として挙げられている。現代の先進国は政教分離の考え方の建前があるが、ユダヤ民族＝ユダヤ教という強い関連性が残っていた時代に近代国家へ溶け込むのは容易なことではなかったようだ。ヘレニズム・ローマ時代のユダヤ教。ラビ・ユダヤ教の成立と特徴。イスラーム社会におけるユダヤ教とユダヤ人のネットワーク。ローマ帝国崩壊後の9から10世紀にはユダヤ商人は世界の交易において中心的な役割を果たす。カライ派、サアディア・ガオン。宮廷銀行家であるジャフバズの地位確立。他の宗教との関係が良好でユダヤ教徒が集まった後ウマイヤ朝。ファーティマ朝下でのユダヤ商人の繁栄。しかし、12世紀において、ムスリムと同様にユダヤ教徒も十字軍の標的になり、北アフリカでは他宗教に不寛容なムワッヒド朝が勢力を拡大。地中海ではイタリア商人の勢力拡大に押される。しかし、16世紀のオスマントルコの成立は、各地でユダヤ人に活躍の機会を与える。カバラーには丸々一章が充てられている。カバラーの起源と特徴。バヒールの書。セフィロート。ゾハールの書。創造論。メシア論。シャブタイ派思想。ハシディズム。ルーリア派。19世紀から現代のカバラー。ヨーロッパにおけるユダヤ人の存在と地域によるユダヤ人の扱いの違い。宗教、民族、経済の3つの面から次第に強くなるユダヤ人への非寛容。16世紀のゲットーの成立と各地のゲットーの様子。近代国家成立とユダヤ人。ユダヤ教の多様化とヨーロッパ文化への同化。反セム主義の台頭。ハシディズムと正統派主義。ユダヤ急進主義。アメリカやパレスチナへの移住。20世紀のナチズムによる非道。アメリカでのユダヤ会衆制度の発展と分化。イスラエルの建国とユダヤ教。一般の歴史書ではあまり出てこないことが多く記述されているので難しかったが、興味深く読めた。欧米やイスラム圏の歴史においてユダヤ人は独自の位置を占める存在であり続け、現代の世界においても、イスラエルはもちろん、アメリカやイギリスなどでユダヤ人は大きな発言権をもっている。よって、その歴史や思想的な変遷について知ることは世界史や現代社会を立体的に理解する上での一助にもなると思った。